宮城県石巻市 ボランティア報告(1)   

 7月31日の「ボランティアで被災地に」でお知らせしたように、宮城県石巻市でボランティアをしてきました。感じたことや学んだことを報告します。

実状を見て聞いて
 石巻に着いてすぐに、現地を案内していただきました。まず、日和山で黙とうをささげました。女川町では小野寺さん(地元の党地区委員会の前委員長)が、「津波がどういうふうに押しよせてきたか、その方向に車を走らせてみますね」と言われました。「あのアパートの3階に逃げて、大丈夫だろうと思っていたら、そこも飲みこまれたんです」と途中で説明があり、息をのみました。本当にここでたくさんの人が亡くなっている、という事実に、ことばを失いました。
復興に向けて
 復興に向けて、地元の魚屋さんが何軒かで営業を再開したお話しも聞きました。まずは、軽トラックがないといけない、と募金をもとに1台プレゼントできたとの話でした。地元の人たちが今何を必要としているのか、本当に一緒になって考えている共産党の救援センターおよび党地区委員会の姿勢から、学ぶものはとても大きなものがありました。
 現地を案内していただき、説明も受けたことは、ボランティア活動においてとても大事なことだったと実感しました。翌日の活動のなかで、被災者のみなさんのことばの重みをかみしめました。
自分の力は小さいけれど
 どんなボランティア活動にとりくむのかは、現地の要請で決まります。自分の力は本当に小さいけれど、どんなことでもやろう、と思っていました。でも、内心は、「聞き取りボランティアはできれば避けたいな…」というのが正直な気持ちでした。被災者の方の気持ちになって考えてみると、話したくない、触れられたくない、という方がいても当然です。親切のおしつけのようになってしまったら嫌だな…と思っていました。
要請された活動は
 要請された活動は、仮設住宅の被災者の方の聞き取りボランティアでした。
 救援センターの方からは、「聞き出すのではなく、話してくれることを聞く、ということが大事」「仮設に移ったが、そこで新たな課題も出ています。要望を聞いてください」との話がありました。そのあと、地元の共産党市議、水沢さんから、「まず、たいへんでしたね、とねぎらいの言葉をかけてさしあげてください」「話したい人も話したくない人もいることを理解してとりくんでください」など、具体的な助言があり、ほっとしました。
腕章と名札をつけて
 どこのだれが来ているのかを明らかにするため、共産党の腕章と「東久留米・原」と名札もつけて現地に向かいました。(つづく)

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by hara-noriko | 2011-08-08 23:29 | 活動日誌 | Comments(0)

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