荒美有紀さんの「手のひらから広がる未来」に感動   

 前回(第20回聴覚障害者への理解を深める集い「市民手話まつり」)の続きです。
手話は言語です
 毎回手話まつりに参加して学んできたことは、「手話は言語」ということです。障害者権利条約ではすでに、手話は言語だと位置付けられています。手話を使うことについての権利が保障されなければなりません。そのための法制定や自治体の条例制定が重要であると改めて思います。同時に、同じ聴覚障害者の方でも、手話以外でコミュニケーションをとっている方々もいらっしゃいます。それぞれの「言語」が保障されなければなりません。
手書き文字、触手話、指点字
 今回講演してくださった荒美有紀さん(東京盲ろう者友の会理事・28歳)のように、盲ろう者の方でも、手のひらに文字を書く「手書き文字」、また手話に触れて理解する「触手話」、てのひらを介しての「指点字」など、コミュニケーション手段=言語はいろいろあるんですね。本当に勉強になります。
 さて、荒さんの講演タイトルは、「手のひらから広がる未来」でした。荒さんは、16歳で難病を発症し、就職先も決まっていたが、大学4年生のときに、光と音を完全に失った…と。講演は、介助者の方と指点字をしながら、自分の声で話しますが、小さい声のため介助者の方が復唱する形で行われました。会場は椅子を追加する満席の状況になりました。
東久留米は『大きい1年生と小さな2年生』の舞台
 最初から、お話にぐっと引き込まれました。荒さんは、「東久留米は福岡の方かと思ったら東京だった」と話しながら、「ひばりが丘団地があるところ、『大きい1年生と小さな2年生』(古田足日著)の舞台だ、とわかりとてもなつかしかった。小さいころに読んだ本で、今でも表紙が目に浮かぶ。ホタルブクロの花は今も咲いているのでしょうか」…と。なんてすばらしい感性の方なんだろう! 古田足日先生が生きていらしたら、ぜひとも会ってほしかったと思いました。
がんばってこれたのは、小さいころの幸せがあったから
 「世界にぽつんと一人でいるようで、絶望したときもあった。でもがんばってこれたのは、小さいころの幸せがあったからではないかと思う。山登りしたり、いろんな体験をした。両親の存在は大きい」…胸を打たれました。そして、子ども時代に愛されて育つことがどれだけ生きる力になるのか、考えさせられました。
 荒さんは、「目と耳を使わず、でもみなさんと同じように工夫して人生を楽しんでいます」と。カフェめぐり、旅行、雑貨をさわって楽しむなど。すごいなあ、すてきだなあ。
 残念ながら他の公務があり、質疑応答まで聞けませんでしたが、お話を聞けて本当によかったです。私は一生懸命生きているかな、と思わず自分自身に問いかけました。
 すばらしい手話まつりを来年に向けて、多くの人に広めていけるよう、私もできることをしていきたいと強く思いました。

ハナミズキの実(東久留米市内)
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by hara-noriko | 2016-11-04 23:45 | 活動日誌 | Comments(0)

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