地域から「平和を守ろう」の声をあげましょう   

 いま私は、東久留米市や清瀬市の駅前などで「平和を守ろう」と訴えています。その大要を紹介します。

沖縄「慰霊の日」
デニー知事「二度と沖縄を戦場にしてはならない」

 6月23日は、沖縄「慰霊の日」でした。1945年、アジア太平洋戦争の末期の地上戦で、20万人を超える人たちの命が失われました。玉城デニー知事は平和宣言のなかで、「戦争体験者が戦争の不条理と残酷さを後世に語り継いできてくれた実相と残酷さを胸に刻み、あらゆる戦争を憎み、二度と沖縄を戦場にしてはならないと決意を新たにする」とのべました。
 みなさんもテレビなどで「慰霊の日」の報道をご覧になったと思いますが、メディアの報道の仕方が本当に弱いといわざるをえません。いま、戦争か平和かの岐路に立たされているといっても過言ではない、そういう状況になっています。

5年間で43兆円の軍事費を増やそうという岸田政権
大軍拡をすすめる法律まで通して

 みなさんご存じの通り、通常国会で岸田政権と与党はさまざまな悪い法律を通しました。そのなかには大軍拡をすすめていく法案もあって、これは問題だと多くの方が声をあげています。今後5年間で43兆円も軍事費を増やしていく。そのためには社会保障が切り縮められてしまいます。本当に大変なことになったと多くの方、感じていらっしゃると思います。

アメリカのバイデン大統領
「私が彼(岸田首相)を説得した」

 軍事費をどんどん増やそうという計画については、アメリカのバイデン大統領が「私が彼(岸田首相)を説得した」とアピールしました。日本政府は、そんなことはない、自分たちで考えたんだとか、アメリカにも申し入れをしたとか、そんなようなことが報道されていました。正直いってみっともない状況になっています。アメリカの要請を受けて、アメリカいいなりで、どんどん大軍拡をしていく。そういう方向に大きくすすもうとしている。そういうときに、沖縄「慰霊の日」がありました。改めて、戦争は二度としてはいけない、戦争への準備ではなくて平和への準備をいまこそすすめていくべきだ、ということをみなさんと共有したいと思います。

「戦争はひたひたと音もなく押し寄せてくる」
重い戦争体験者の言葉


 戦争か平和か、その岐路に立たされているといいましたけれども、戦争体験者や被爆者のみなさんにお話をうかがうと、「戦争はひたひたと音もなく押し寄せてくるんだ」とおっしゃいます。気づいたときには戦争に巻き込まれている。「戦争は二度と繰り返してはいけない」と命を削って声をあげています。この声に応えていく政治こそ、求められているのではないでしょうか。

G7を広島で開催しながら
核兵器禁止条約には一言もふれなかった

 「二度と核兵器を使ってはいけない」という被爆者の命がけの取り組みは、核兵器禁止条約を実現させました。しかし日本政府は、この条約を批准しない。また、G7(フランス、米国、英国、ドイツ、日本、イタリア、カナダの7カ国及び欧州連合が参加する枠組)が広島で行われましたけれども、核兵器禁止条約には一言もふれないという状況でした。岸田首相はこのG7を成功させたということをもって、解散・総選挙に踏み出そうと思っていたかもしれませんが、まったくの失敗だったと思います。被爆者のサーロー節子さんも、「G7は失敗だった」と厳しく指摘しています。原爆を最初に落とされたこの広島でG7をやったのに、核兵器禁止条約に触れることもない。こんな結果になっていることを本当に厳しく批判しています。

人類は核兵器を所持してはいけない
被爆国の日本は核兵器禁止条約にサインすべきです


 みなさん、被爆国日本こそが一日も早く、核兵器禁止条約にちゃんとサインをして、核兵器を二度と使わない、使わせないことが大事ではないでしょうか。まさに、今、この点でも、日本は本当に岐路に立たされていると思います。核兵器はひとたび使ってしまったら、たとえば誤作動でもこれが使われるということになってしまったら、多くの人の命が奪われます。こういう武器を人間が所持してはいけないと思います。核兵器廃絶に大きく踏み出すために、この被爆者のみなさんの声に応えて、核兵器禁止条約を一日も早く日本が批准する、批准のできる、そういう政府を実現しなければならないと思います。
 平和を守る、いのちを守る、戦争は絶対にしてはいけない、そこには垣根はありません。みなさんと一緒に、思想・信条、立場の違いを超えて、平和のために取り組みをつよめていきたいと思います。

自分が住む地域から戦争と平和を考える
北多摩地域はアメリカによる空襲の最初の目標とされた


 平和の問題を考えるにあたって、この地域が過去の戦争においてどういう状況だったかを学ぶことも本当に大事だと思っています。
 この北多摩地域、武蔵野市と西東京市(田無)には、中島飛行機の工場がありました。戦時中、ここでは、戦闘機などのエンジンがつくられていました。工場に学徒動員されていた若い人たちもたくさんいました。東久留米駅から田無の工場まで、鉄道の引き込み線もあった。そういう環境であったために、アメリカの戦略爆撃機B-29による東京への空襲で最初のターゲットになりました。

自由学園には慰霊が
学徒動員された女子学生が犠牲に


 たくさんの方が亡くなりました。東久留米市にある自由学園には慰霊碑も建っています。学徒動員された女子学生が命を落としたということを、今の学生さんが本にしています。アメリカは、まず兵器製造工場を攻撃してから、あの東京大空襲(1945年3月10日)で東京の下町を焼き払ったのです。

戦争が始まったら引き返すことは難しい
地域から「戦争は絶対してはならない」の声をあげる

 戦争の火種は消していかなければならない。そして平和の問題は、地域から声をあげていくことが大事だ、と改めて感じています。東久留米市の教育委員会が『東久留米の戦争遺跡』という本にまとめています。小学校や中学校、子どもたちとも一緒に勉強しながら、この地域でも戦争の悲劇があったこと、そして私たちがこの地域から戦争は絶対にしてはいけないという声をあげていくこと、そのことを今こそ学び合いたい、共有したいと思っています。
 ひとたび戦争になってしまったら本当に手遅れになる。なかなか後戻りできません。今のウクライナの状況をみても、多くの方が胸を痛めていらっしゃると思います。一度踏み込んでしまったら、本当に戦争というのは引き返すことができなくなってしまう。そのためにウクライナの人たちもたくさん傷ついています。私たちは、一日も早く、このロシアの無法な戦争をやめるように声をあげていくと同時に、この日本でも、「戦争は絶対にしてはいけない」という声をご一緒にあげていきたいと思います。

解散総選挙をねらっていた岸田首相
それができなかったのは国民の批判にさらされたから

 岸田首相は解散・総選挙をねらっていたといわれています。解散をちらつかせながらも結局、解散できなかった。悪法をどんどん通してしまって、国民のみなさんからたくさんの批判の声があがっているからだと思います。この大軍拡・大増税路線、これをすすめる法案を強行した。そういうなかで、今、「戦争はダメだ」「平和を守ろう」という声が大きく広がっています。そういう声を前にして、とても今の状況で解散・総選挙はできないと判断したんだと思います。

国民の声が力です
ご一緒に声をあげましょう


 やっぱり国民のみなさんの声が力です。ぜひみなさん、一緒に声をあげましょう。憲法9条を守り、そして核兵器禁止条約をちゃんと批准する、そういう政治を実現しましょう。このことを心から呼びかけたいと思います。

駅前などで平和の訴えを続けています
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by hara-noriko | 2023-06-27 22:46 | 地域の戦争 | Comments(0)

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