「戦争とハンセン病」の展示を見て考えたこと
2025年 08月 12日
ギャラリー展「戦争とハンセン病」
現在、国立ハンセン病資料館(東京都東村山市)では、ギャラリー展「戦争とハンセン病」がおこなわれています。同時に、図書室でもミニ展示がおこなわれています。私は、2回見てきました。これまで数回、資料館には行ったことがありますが、理解が足りなかった、知らなかったとつくづく思いました。
戦争のなかで
差別や隔離がひどくなっていった
戦争のなかで、差別や隔離がひどくなっていったことがよくわかりました。ハンセン病療養所、全生園(東京都東村山市)では、入所者が障害の重い人の付き添い看護を担わされたり、防空壕堀りもさせられます。そして、食料不足により、療養所で多くの入所者が亡くなっています。また、療養所にも思想統制が持ち込まれたといいます。
植民地下の療養所の過酷な実態
懲罰としての断種に胸が締め付けられる
とりわけ、ショックだったのは、植民地下の療養所の過酷な実態です。朝鮮の小鹿島更生園、台湾の楽生療護院では、強制労働、監禁、堕胎強制、断種が日本の療養所以上に酷く…。焼きごてでの拷問も…。胸がしめつけられたのは、小鹿島では、懲罰としての断種が行われていたということです。日本の療養所では、結婚する条件として断種を強要していました。これ自体も許されないことですが、植民地下ではそれにとどまらず、懲罰としてもおこなっていたというのは、初めて知りました。神社の参拝も強制させられていたといいます。
ハンセン病に対する差別に民族差別が重なる
今こそ学び語り継いでいくことが必要だと強く思いました
ハンセン病に対する偏見や差別に加え、民族差別が重なり、戦争のなかでどんどん深刻な状況がすすんでいった・・・この事実を今こそ学び語り継いでいくことが必要だと強く思いました。
従軍兵士が発症するケースについても知りました
人間的に生き抜いた方の生き方にふれて
従軍兵士が発症するケースについても知りました。海外の戦地で発症し、日本に戻って来た方が、本来療養所に隔離される必要がないのに、隔離され、一生外には出られなかったと。立花誠一郎さんは本当の名前ではなく、「立花誠一郎」として療養所で暮らし、運転免許をとって「一目ふるさとをみたい」と願う入所者を車に乗せて連れていったといいます。なかには、後遺症で失明する前に故郷をみたいという人を能登半島まで…。自らも差別や偏見のなかで、自由に生きることがかなわないなか、一人ひとりの思いや辛い境遇を共有して、行動する。こんなに苦しいなかで、人間的に生きぬいた方の生き方に胸が締め付けられました。
常設展示も改めて見てきました
差別と偏見をのりこえるたたかいの重み
「戦争とハンセン病」展とあわせて、常設展示を改めてみて、差別と偏見をのりこえるたたかいを、療養所の方々がすすめてきた重みをかみしめました。また、立花誠一郎さんについて書かれた本をはじめ、戦争とハンセン病に関わる本、子どもがハンセン病について学ぶわかりやすい本が図書室に展示されていて、手に取ってみることができます。そこでは、ジブリの「もののけ姫」や「千と千尋の神隠し」とハンセン病との関連についての解説も書かれていて、とても興味深かったです。
「戦争とハンセン病」展は8月31日まで
多くの方に足を運んでいただきたい
「戦争とハンセン病」展は8月31日まで。戦後80年、そして、差別や排除、分断の問題が大きな社会問題になっている今、ぜひ多くの方に足を運んでいただきたいと思いました。
展示をみながら、クイズにこたえていくと、とても理解が深まります。さらに、景品もいただきました。ノートの写真は、失明したハンセン病元患者の方が、点字を「舌読」している写真です。




by hara-noriko | 2025-08-12 02:48 | 活動日誌 | Comments(0)

