北村のり子さん 平和への思いを語る   

「平和が一番」のタスキをかけた北村のり子さん
父親の戦争体験を紹介


 東京・東久留米市の滝山団地前で16日、北村のり子さん(日本共産党東久留米くらしと教育相談室長)と一緒に訴えました。北村さんは「平和が一番」と書いたタスキをかけてスピーチ。その冒頭、父親の戦争体験を紹介しながら、平和への思いを語りました。
 平和のバトンを引き継いでいく思いに胸を打たれました。今、高市首相が平和を脅かす発言をくりかえしています。平和は私たちの暮らしの土台です。草の根から平和を守る声をもっと大きく上げていきましょう。ますます、12月の東久留米市長選・市議補選が
大事になってきています。
 北村さんのスピーチのうち、平和について語った大要を紹介します。

東久留米市議だった北村龍太さん 1月に急逝
母親、のり子さんが息子の思いを引き継ぐ

 日本共産党東久留米くらしと教育相談室長の北村のり子です。東久留米市議として活動し、今年1月に急逝した北村龍太は私の息子です。息子がやり残したことを私がなんとか引き継いで次につなげていきたい。そういう思いで活動しています。

私の父は少年飛行兵でした
同級生が特攻兵としてたくさん亡くなっています

 先ほど平和の話がありましたが、実は私の父は戦争中、東京陸軍少年飛行兵学校(武蔵村山市)に行って特攻隊になるように学んでいました。ところが、目が悪いために通信兵となりました。今年たまたま、名簿を見たときに驚きました。父の同級生、たくさん飛行兵になっているんですけれども、知覧(鹿児島県)の特攻基地から飛び立って、特攻兵として死んでいるんです。

生き残った父親は
「戦争をさせるような政党はダメなんだ」といっていました


 父は目が悪かったために、飛行兵にならずに生き残りました。でも、父と一緒に学んだ友だちはたくさん亡くなってしまいました。私が覚えている限り、父はいつも「戦争はダメだ」といっていました。ニュースや国会中継を見るたびに、「戦争をさせるような政党はダメなんだ」といって怒っていました。

父の平和への思い
娘の私から孫の龍太に受け継がれて


 そして家には「しんぶん赤旗」がありました。父の平和への思いというのは、私にも伝わりましたし、息子の龍太が市議に立候補するときに、メモに憲法の9条のことがたくさん書いてあって、ずいぶん憲法9条にこだわるんだなって、実は内心思っていました。父から受け取った思いが私を通じ、そして息子にも流れていたんだな、と改めて思います。

みんなと共有したい平和
それが私たちの命や喜びを守る


 平和というのは、若いから、あるいは戦争を経験したからではなく、いろんな人が共有しなければいけないと思います。そして、それをつなげていく。それが私たちの命や喜びを守ることになると思います。

街頭演説のあと、市民から北村さんに折り鶴が贈られました
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「がんばってね」と声をかけられて
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平和を訴える北村さん
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by hara-noriko | 2025-11-20 12:29 | 市政報告 | Comments(0)

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