2015年 04月 18日 ( 1 )   

私の思い 後援会ニュースから   

 日本共産党東久留米市西部後援会のニュースに紹介された私のインタビューを、ブログに掲載します。ぜひお読みください。

 ―4期16年間活動してきて一番印象深いことは?
 一番、というのは決められませんが…。でも、自分が議員としてがんばっていこうと決意が固まったのは、初めての厚生委員会です。当時、子どもたちが3人とも保育園児だったのですが、委員会が長引いてお迎えの時間が迫って来てしまい、福祉施設で働く夫も泊まり勤務で…どうしよう…と。それで、意を決して挙手して、事情を話し、電話をするための休憩をお願いしました。他の議員の人達が快く認めてくださり、近所の方にお迎えを頼めました。このとき、子どもがいて議員活動をすることが私なんだ、自分らしく頑張って行こうと決意が固まりました。先日、東京新聞の取材を受ける機会があり、このことを振り返りました。初心を忘れないでいたいと思います。
 ―市政は市民が動かすとは?
 もう、本当にこれは実感です。東京都が特別支援教育を大きく変えようとするなか、小学校の情緒障害通級指導学級の保護者のみなさんが、一方的に変更せず保護者の声を聞いてほしいと3月議会に請願を提出し、教育委員会や市長、私たち議員にもお手紙(手記)をくださいました。私も一般質問でとりくみました。請願は、自民・公明・民主・維新により趣旨採択にとどまりましたが、教育委員会はこれまでの態度を変え、保護者の声を聞いたうえで市の計画をつくることを約束しました。これは、保護者のとりくみがあってこそです。議員の役割は、こうした市民のみなさんのとりくみに学び、一緒に考えながら、しっかり議会で発言し、実現に向け努力することだと思っています。
 ―昭和病院行きのバスが動き出しましたね
 「昭和病院に行きやすくしてほしい」というのは、長年の市民の切実な願いでした。駅西口から乗り換えなしで、昭和病院前まで行けるようになったことは、本当によかったです。なんといっても、2010年と2014年の合計1万人をこえる、コミバス実現を求める署名の力が大きかったと私は実感しています。このとりくみのなかで、昭和病院に行きやすくしてほしいということの切実さがより明確になり、結果的にバス路線実現への後押しになったと思います。共産党市議団としても、2011年、2014年に西武バス本社に出向いて要請したり、議会でもさまざまな角度から質問してきました。2006年、石井みち子元市議も、新小金井街道のアンダーパスになることをふまえ、昭和病院を通るバスを具体的に提案しています。
 ―コミバスの展望は?
 今回の昭和病院行きのバスは本当によかったのですが、この恩恵を受けられない地域が残ります。民間バス事業者は、当然のことながら、採算がとれないところは走らせないのです。そういうところにこそ、コミバスが必要なんだということがより鮮明になったと思います。同時に、それぞれの地域にふさわしい地域公共交通の充実がはかられるように、みなさんの意見をうかがいながら、とりくみを強めたいです。
 ―市財政の状況は?
 市は、「財政が厳しい」とくりかえしています。しかし、東久留米市は、黒字決算が続いており、財政調整基金も30億円を超えました。豊かとはいえないけれど、一番大切なのは「使い方」だと思います。共産党市議団は、新たな財源を求めなくても、今の財政規模のなかでできる予算組み替え案を提案しました。不要不急の上の原の道路建設や保護者の合意のない保育園民営化関連予算などを削除し、後期高齢者健診料の無料化、認可外保育施設の保育料補助などにふりむける中身です。が、共産党以外はすべて反対でした。
 ―5期目をめざす決意は?
 私は、1期目の4年間、農業委員として活動しました。この4年間は私の宝物です。私は、農業についてまったくの素人です。都市農業のことや農家の苦労、東久留米の歴史など、いちから教えていただきました。そして、農があり、水と緑豊かなこのまちがもっと好きになりました。このまちで、誰もが安心して暮らせるように、くらし・福祉・教育を大事にするあたりまえの市政をめざし、引き続きとり組む決意です。
 そのためにも、若者を戦場に送る「戦争立法」の動きは、絶対にくいとめたい!戦争はだめ、平和を守ろう、9条を守ろう、この声を大きく広げるために力を尽くしたいです。

共産党市議団の執務室で
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by hara-noriko | 2015-04-18 00:52 | 活動日誌 | Comments(0)