2016年 04月 14日 ( 2 )   

沖縄ツアー その3   

ひめゆり平和祈念資料館へ
 最終日(4月6日)は、まず、ひめゆり平和祈念資料館へ(写真1・2・3)。資料館の概要を説明してくださった職員は若い女性。高齢になっている学徒隊だった方たちから聞き取りをしながら、一歩一歩引き継ぐ努力をしていることをお話しされました。
 資料館は、戦後43年がたった1989年6月23日に設立しています。それまで長い間、戦争体験を話すことができなかった方たちが、亡くなってしまった友人たちのことや沖縄戦の事実がこのままでは消えてしまう、と語り出したそうです。学徒隊だった方たちの意見で資料館の展示は行われているとのこと。だからこそ、胸に迫ります。一人ひとりが証言している様子や米軍が撮影した写真やビデオが上映されています。また、亡くなった方たちの写真も飾られています。
戦争がまた起きないように
 学徒隊だった語り部の方が来て下さり、お話をしてくださいました。一緒にいた友人の写真を教えてくださり、「いつもこの写真に、○○ちゃん今日も来たよ、戦争がまた起きたりしないように今日も話すからね、とまず声をかけるんですよ」と。
 実は、そのあとのお話しを聞いていたのに、もう気持ちがいっぱいいっぱいで…。断片的ですが…。
言葉の重み
 <爆音がして目をおさえて(目の玉が飛び出ないように)、しゃがんだら一人はぐれていた。友達もほかの人もみんな死んでしまった。それでも、最後まで軍国少女だった。教育というのは本当にこわい。教育によってそうなってしまう、教育が大事…。>
 そして最後の言葉を忘れられません。「みなさん、命を大事にしてくださいね」。その言葉の重さが胸にズシリと…。
先生たちの苦悩、生徒たちの思い
 今、資料館では、戦後70年特別展「ひめゆり学徒隊の引率教師たち」が開催されています。そこには、こう書いてあります。
 あの場合はしかたなかったと
 いくら言い訳をしてみても
 それは言い訳にはならない
 胸がしめつけられます。先生たちの苦悩、生徒たちの思い…とてもすべてを見ることができず…。展示ガイドブックを買ってきて、今日ようやくページを開いています。つらいけれど、教師に焦点をあてた展示というのは、歴史の事実を学ぶうえでとても大事だと思いました。語り部の方の「教育が大事」ということばが何度も思い返されます。
 戦争へという流れが心配される今、本当に多くの方にみてほしいと思いました。
喜屋武岬へ
 その後、喜屋武岬(きやんみさき)へ(写真4)。沖縄最南端、沖縄戦で米軍に追い詰められ、自決したという…。その事実を決して忘れてはいけないと思いました。

(写真1)ひめゆり平和祈念資料館の入り口で
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(写真2)ひめゆりの塔の入り口にある案内
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(写真3)ひめゆりの塔で
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(写真4)喜屋武岬
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沖縄ツアー その1
沖縄ツアー その2
沖縄ツアー その4

by hara-noriko | 2016-04-14 23:25 | 活動日誌 | Comments(0)

沖縄ツアー その2   

どうしても行きたかった辺野古
 どうしても行きたかった辺野古。どんな海を埋め立てようとしているのか、それをさせまいと現地でどんなふうにとりくんでいるのか…。4月5日の朝、県庁前から島ぐるみ会議の「辺野古バス」に乗って現地へ向かいました。
座り込みをしている市民の方々
 現在、国と県の和解成立のもと、話し合いに入っており、工事は止まっています。しかし、安倍首相は和解受け入れの会見で、「辺野古が唯一」とも表明。その後も、安倍政権は「辺野古が唯一」と繰り返しています。こうしたなか、学習や交流をしながら監視が続けられています。「写真1」は、篠原さんと。広い道路を隔てた金網の向こうがキャンプ・シュワブ(在日米軍海兵隊の基地)のゲートです。座り込みをしている市民の方々がいるのは、道路を隔てたこちら側。ゲート前や歩道を封鎖するわけではなく、整然と。おばあさんがニコニコと、来てくれてありがとう、と声をかけてくれます。
海を見守り続けて
 また、海へ行くと、そこにも長年海を見守り続けている市民の方々が。海の色が変わっているところにサンゴ礁があること、サンゴ礁もさまざまな種類があること、辺野古はジュゴンの採食場所であり、生息のために不可欠であること、これまでの取り組みの経緯…などなどくわしく説明してくださいました。(写真2)
 浜には、金網があり、その先には行けません(写真3)。海の向こうには防衛省の監視船が(写真4)。私は写真の技術がなくて、海のすばらしさが伝えられないのが残念ですが、その場に行ってみて、こんなにすばらしい貴重な海をつぶすなんて、本当にありえないと実感です。しかも、辺野古は単なる普天間の移転ではありません。普天間以上の増強された新基地なのです。
「もう基地はつくらせない」の「もう」に思い込め
 バスのなかで沖縄の方が話してくれました。「もう基地はつくらせない、というステッカーの、『もう』というところに私たちの思いが込められています。もうたくさんなんです」と。人間関係も含め、ほんとうに言葉にできない苦労があるのだと思いました。新崎盛暉沖縄大名誉教授が、それでも、保守も革新もこえて一緒にとりくむのは、沖縄戦の歴史、由美子ちゃん事件をはじめ基地の事件を通じての人権を守るとりくみ、それらを通じての沖縄の人の誇りがあると辺野古で話してくれました。すごい…。
これまで以上の確信をもって
 1回たずねただけの私に言えることなんてあるのか…と思うほどの衝撃を受け、深く考えさせられ、今も考え続けています。でも…、普天間基地は無条件返還、辺野古に新基地はつくらせてはいけない。沖縄だけの問題でなく、日本全体の問題なんだと、これまで以上の強い実感と確信をもって言いたいです。

 名護市が米軍基地のことや辺野古移設のことについて解説したパンフレットをつくっています。「米軍基地のこと、辺野古移設のこと」は、こちらから。

(写真1)米軍キャンプ・シュワブのゲート前で篠原さんと
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(写真2)辺野古の海。海の色が変わっているところにサンゴ礁が
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(写真3)浜を分断する米軍基地の金網
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(写真4)防衛省の監視船。左の金網はキャンプ・シュワブ
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沖縄ツアー その1
沖縄ツアー その3
沖縄ツアー その4

by hara-noriko | 2016-04-14 00:07 | 活動日誌 | Comments(0)